図書館の貸し出し履歴はなぜ秘密にされるべきなのか

ここ最近、各地の図書館が捜査機関からの任意(令状なし)の要請に応じて、捜査協力のために利用者の図書貸し出し履歴を提供していたことが立て続けに報じられ、その是非が議論となっています。

「内心の自由か捜査か 県内図書館利用者情報の警察照会」

https://www.iwate-np.co.jp/article/2019/7/7/59179

「図書館の利用者情報、令状なく提供 那覇・名護・糸満の3館 捜査当局に」

https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/464747

 

ニュースをみてすぐ思い出したのは、もう25年近く前の映画になってしまいますが、デビッド・フィンチャー監督作のハリウッド映画『セブン』。

ブラッド・ピット演ずる若手刑事とモーガン・フリーマン演ずるベテラン刑事のコンビが、ケビン・スペイシー演ずる連続猟奇殺人犯を追うというサイコ・スリラーものの傑作なんですが、この中で、手がかりのない殺人犯のプロファイルのためにモーガン・フリーマンが図書館の貸し出し履歴(猟奇的な本とかを読み漁っている人物のリスト)を手に入れてきて、それが糸口となって犯人にたどり着く、というくだりがあります。

印象的だったのは、正義感が強い反面やや融通の利かない若手刑事のブラッド・ピットが、リストをみて「こんな(やばい)もの一体どこから手に入れたんだ?」と驚き、達観した海千山千のベテラン刑事風情のあるモーガン・フリーマンがニヤッとひとの悪い笑顔を見せながら「FBIからだよ、もちろん違法だけどね」と説明するシーン(※セリフは当時見たきりでうろ覚えなので間違っていたらすいません。ちなみに、アメリカでこうした図書館利用情報の取得が違法だったのは作品公開当時の1995年の話で、その後、911テロを境にしてこうした情報を捜査機関がかなり広範に合法的に手に入れられる方向に舵が切られているようですが)。

これをみていて、当時まだ十代だった僕は「ふーん、さすがアメリカは自由の国だけあって、いかに殺人事件の捜査であってもこういうセンシティブな情報に警察(国家権力)が触るのは御法度なんだな、感心感心」などと呑気に思っていたのですが、ここ日本では、図書館の貸出履歴がかなり広範に捜査機関に提供されているという実態があり、内心の自由との関係で非常に問題が大きいことは、以前から指摘されてきていました。

そうであるにも関わらず、今だに(なのか、今だからこそ、なのか)日本の図書館でこれだけ広範に貸し出し履歴の提供が行われているということが今更のように報道され、しかもその問題点がいまだ一般に広く共有されていないことについては、危惧を感じざるを得ません。

 

警察(対国家)への情報提供とはやや異なりますが、同じような問題として、民間(対私人)での図書館の利用履歴の利用の是非もずっと議論されています。

数年前のことになりますが、神戸新聞が作家の村上春樹氏の高校時代の図書の貸出履歴を調査して報道するということがあり、物議を醸しました。

「村上春樹さんが図書館で借りた本はなぜ秘密にされるべきなのか? 神戸新聞報道から考える”リアル図書館戦争”」

https://www.huffingtonpost.jp/2015/10/20/haruki-murakami-lib_n_8338888.html

問題点は上記に引用した記事に詳しいので、是非そちらを読んでいただきたいです。

勿論、一方では自分が読んだ本くらい他人に知られて何が悪いんだ、という方もいそうなところですが、自分がそれこそ「中二病」的な思春期の時代に読んでいた本のタイトルとかおおっぴらに公表されたら、たとえ村上春樹さんでなくとも、なんというか、こっそり書いていた日記を勝手に他人に読まれたみたいな気分で、正直あんまり気持ちのいいもんではないと思うんですよね…

 

今となっては、図書館の利用履歴どころか、ネットの検索履歴情報が広く商業利用されていて、自分が検索したあまり人に見られたくない語句なども、ビッグデータとして広告表示などのために利用されています。もはやよくも悪くも昔には後戻りのできない時代になってしまっていますが、だからこそこうした情報の利用の仕方にはより慎重を期すべきだと思います。

弁護士 松田 健人