弁護士コラム
過労死とは?長時間労働による症状や労災認定基準
一般的な意味における「過労死」と、労災任認定基準における法的評価としての「過労死」とでは、意味が異なります。長時間の労働により、過労死の場合にもこの基準を知らないと不利な場合があります。
そもそも過労死しないように、自分を守るのが大前提ですが、労災認定基準を知ることで、周囲の方々のもしものときに、知識的な備えになればと考えます。そこで、ここでは、過労死の労災認定基準についてご説明いたします。
過労死とは?労災認定基準との関係
「過労死」と聞くと皆様はどういった印象をお持ちとなるでしょうか。ブラック企業等で長時間に及ぶ労働を原因として、倒れてしまったり、精神的に病んで自殺してしまったりするといったことを思い浮かべるでしょう。
しかし、いざ、残されたご家族などが、「過労死」として労働基準監督署に労災申請をしようとすると、初めて、一般的な「過労死」と、労災認定基準における「過労死」の法的評価・その方法の違いに気づくことでしょう。
過労死によって、労災給付などの補償を受けるためには、前提として、労基署によって「過労死」の認定を受ける必要があります。逆に言うと、この労災認定基準に該当するとの認定を得ないと、ご家族の心理的にはどんなに悔しくても、労災保険上の補償を受けることはできません。
すなわち、一般的な「過労死」のうち、労災保険によって補償を受けることができるのは、労働の実態と死亡との関係において、相当な因果関係が認められ、かつ、労災認定基準という法的な評価方法に合致する場合となります。
このあたりが、一般の方には認識が難しく、困難な点でしょうか。
労災認定基準とは?過労死との関係
労災認定基準とは、原則的には、「労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかつた場合においては、使用者は、その費用で必要な療養を行い、又は必要な療養の費用を負担しなければならない。」(労基法75条1項)を根拠として、その災害が、業務との相当因果関係が在る場合に認められます。
具体的には労基法施行規則別表1の2に記載の基準に合致すると、法的に評価できるかどうかによって認定がされています。2010年の5月に労基法規則35条関係の別表1の2が改正される以前は、「脳・心疾患」、心理的負荷による「精神障害」は労災認定基準に明記されていませんでした。
しかしながら、新たな医学的知見の公表等の状況、あるいは疾病の発生状況等を踏まえた労働基準法施行規則第35条専門検討会の報告書に基づき、労災補償の対象疾病の範囲の見直しがされました。
この改正がされる以前は、訴訟により、業務と過労死との間の相当因果関係の有無を争い、「業務に起因することの明らかな疾病」(労基法施行規則別表1の2 11号)と評価できるかについて訴訟で争われていました。
そして、この業務上の災害と認定される場合に、労災保険法によって、労災保険の給付(補償)を受けることができます。
「過労死ライン」とは?
一般的な意味としては、長時間労働によって、脳・心疾患が生じて死亡する、または、心理的負荷によって精神疾患となり、過労自殺するリスクが高まる基準を指します。
法的な基準(労災認定実務における基準)としては、厚生労働省労働基準局長より、2010年5月7日に改正、通知された「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」という通達、2011年12月26日「心理的負荷による精神障害の認定基準について」という通達があります。
一般的に広く認知されている通達は、前者の脳・心疾患に関する通達ですが、近年、心理的なストレスによる精神疾患(うつ病など)の問題が認識されるようになり、後者の精神疾患に関する認定基準もあります。
近年、表面化していきている長時間労働の問題への関心の高まりとともに、上記通達のとくに、脳・心疾患の認定基準の要件における、「長時間の過重業務」における評価基準が、「過労死ライン」として強く認識されています。
具体的には、6か月以上にわたり、1か月平均45時間を超過するような場合に、その超過時間が長いほど、業務と死亡との関係性が高まるとされています。この他、発症前1か月間に概ね100時間を超過するか、発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月あたり概ね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と死亡との間に関連性が強い評価されています。
労災認定基準における過労死の種類
労災認定における、事故などの外傷を伴う場合には、業務遂行性や業務起因性は、過労死の場合に比べると比較的容易なのが多いでしょう。過労死の場合は、労働中の事故などで死亡した場合は別として、その関連性の認定は困難な場合が多くなります。
そこで、厚生労働省労働基準局は業務に起因することの明らかな疾病として、脳・心疾患に関する認定基準、及び心理的な負荷にともなう精神疾患に関する認定基準を設けています。この認定基準は前述の過労死ラインと同じ通達に基づく認定基準となります。また、この通達は、死亡の場合だけの認定基準ではなく、疾病の発症に関する労災の認定基準となっています。
脳・心疾患による過労死の場合の労災認定基準
脳・心疾患による過労死の場合の労災認定基準は、通達に記載されている対処疾病として、脳・心疾患を発症した場合に、「業務による明らかな過剰負荷」があったかどうかによって認定されます。その「業務による明らかな過剰負荷」があったかに関する認定要件として、3つの要件があります。その要件は下記のとおりです。
1. 異常な出来事;発症直前から前日までの間において、発生状態を時間的に明確にし得る以上な出来事に遭遇したこと
2. 短期間の過重業務;発症に近接した時期において特に過重な業務に就労したこと
3. 長期間の過重業務;発症前の長期間にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したこと
業務による明らかな過重負荷とは、発症前の有力な原因(発症の原因となった主要素)が明らかである場合であって、医学的な経験則に照らして、脳・心臓疾患の発症の基礎となる血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ得ることが客観的に認められる(他覚的:医学的に立証できる)負荷を指します。
この記事は、長時間労働に焦点をあてて説明をしている関係上、上記のうち「長期間の過重業務」について後記に説明します。
長期間の過重業務とは
長期間の過重業務とは、近年問題となっている、疲労の蓄積により、脳・心疾患が発症する場合の認定基準となります。
認定要件としては、恒常的な長時間労働の負荷が長期間にわたって作用したかどうかが認定要件となり、特に過重な業務に就労したと認められるか否かについては、業務量、業務内容、作業環境等を考慮し、同僚労働者又は同種労働者にとっても、特に過重な身体的、精神的負荷と認められるか否かという観点から評価されます。
その際に、疲労の蓄積といった面からは、長時間労働の実態の有無が重要となるため、下記のような基準に合致する場合に、疾患の発症と業務の関連性が高くなります。
1. 発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月あたり45直を超過する時間外労働が認められる場合で、おおむね45時間を超えた時間外騒動時間が長期化する場合
2. 発症前1か月間におおむね100時間または2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たり概ね80時間を超える時間外労働が認められる場合
上記のほか、可能な限り医学的な診断名を得ていることも重要となります。
過労自殺|精神障害による労災認定基準
発病した精神疾患が労災認定されるには、業務との関連性(相当因果関係)が認められる場合であり、労災認定は行政行為の一類型(労基署に申請を行い、労働者災害補償保険審査官が決定)ですので、法的評価について行政側の認定基準があります。
労災認定要件としては、①認定基準の対象となる精神障害を発病していること、②認定基準の対象となる精神障害の概ね6か月のあいだに、業務による強い心理的負荷が認められること、③業務以外の心理的負荷や個体側要因(その個人の特性などの要因:飲酒などによるアルコール依存等)により発病したとは認められないことの3要件があります。
とくに、①の要件である認定基準の対象となる精神障害かどうかは、国際疾病分類第10回修正版(ICD-10)第ⅴ章「精神及び行動の障害」に分類される精神障害(器質性(器質性=外傷損傷や病的な障害)のもの及び有害物質に起因されるものは除外)であって、主として、ICD-10のF2~F4に分類されるものが、労災認定の対象となります。これ以外の、F0とF1に分類されるものは、頭部外傷、脳血管障害、中枢神経変性疾患等の器質性脳疾患に付随する疾病や化学部室による疾病等として認められるか否かを個別に判断して認定されます。
詳細は、厚生労働省「精神障害の労災認定」(外部リンク)をご覧ください。
長時間労働による過労自殺の労災認定とは
長時間労働による過労自殺が労災認定されるには、業務による心理的負荷が「強」と認定される場合です。「強」と認定を受けるには、下記のような場合となります。
1. 「特別な出来事」としての「極度の長時間労働」
・発病前1か月に概ね160時間以上の時間外労働をした場合
・発病前3週間に概ね120時間以上の時間外労働をした場合
2. 「出来事」としての長時間労働
・発病前2か月間連続して1か月あたりに概ね120時間以上の時間外労働をした場合
・発病前3か月間連続して1か月あたりに概ね100時間以上の時間外労働をした場合
3. 他の出来事と関連した長時間労働
出来事が発生した前や後に恒常的な長時間労働(月100時間程度の時間外労働)があった場合、心理的負荷の強度を修正する要素として用いられる
労災認定には客観的な証拠が必要
労災認定には客観的な証拠が必要です。客観的な証拠とは、労働の実態を証明するものと、他覚的に証明されるもの(医学的に証明されるもの)の2つの要素が必要となります。
従いまして、労働の実態を証明するものとしては、勤務表などの記録や本人記載の日記等がこれに該当します。
他覚的に証明されるものとしては、医療機関で診療を受けた際の診療記録や診断書がこれにあたります。
脳・心臓疾患、または精神疾患の場合に、労働実態としての記録のみで立証可能な場合もありますが、医学的な観点から、発病に至るまでの経緯が他覚的な所見より導かれている場合には、過労死の認定における、業務と疾病の相当な因果関係(労基法施行規則別表1の2 8号、9号該当性)を裏付けられる可能性が高まります。
他覚的に証明されるとは?
労災認定においては、その業務と疾病の因果関係において、他覚的な所見は重要な要素の1つです。前述のとおり、他覚的所見とは、医学の専門家による診断などを指します。従いまして、過労死に至った場合に限らず、労災申請を行う場合には、医療機関で診療・加療を受け、診断書を取得しておくことが望ましいと言えます。
また、仮に、過労死以前に医療機関にて診療を受けていない場合であっても、専門医に鑑定を依頼するなどして、医師の鑑定意見書を作成し、当該意見書をもって、労災認定を行うことで、認定される可能性が高まります。
会社が労災保険に入っていない場合
会社が労災保険に加入していない場合であっても、労災保険は労働者災害補償保険法によって強制加入となっているため、労働者は保険の適用を受け、労災認定基準の認定要件に合致すれば、労災保険の給付(補償)を受けることができます。
なお、労災認定基準については、労基法施行規則別表第2(第40条関係)に基準の記載があります。また、各基準における細かな認定要件実務に関しては、「労災補償 障害認定必携」第16版:労災サポートセンターが政府系刊行物として出版されています。こちらを確認すると良いでしょう。
過労死した場合の労災申請場所
過労死した場合の労災申請場所は、就業していた事業場の所在地を管轄する労働基準監督署長に必要事項を記載した請求関係書面を提出して行います。管轄が不明な場合には、各都道府県の都道府県労働局または、最寄の労働基準監督署に来庁するか、電話を掛けるなどして確認を行うことができます。
まとめ
長時間労働のために過労死した場合であっても、労災認定基準に合致しない場合は、残念ながら法律上の労災とは認定されず、遺族年金などの保険を受取ることはできません。その死亡が業務に起因するものであって、相当因果関係が在るとの法的評価を受けるには、法律に対する深い理解と、医学に対する一定の知識が必要となります。
また、労災認定を却下された場合であっても、不服申立ては可能ですが、前述と同様に困難が伴います。こうした場合には、早期に弁護士などの専門家に依頼することにより、現実的な解決を得ることが可能となります。また、近年は弁護士費用を賄うための任意保険商品も販売されているため、こうした商品を利用するのもよいでしょう。