労災問題

弁護士コラム

2023/03/21(火)

労災補償と責任について

労働災害補償と責任について記載します。

第1.労災補償について

1 業務上災害
(1) 業務災害とは
労働災害とは、労働者が、業務上被った災害をいいます。
これを法的な表現を用いて詳述すると、「業務上の事由…による労働者の負傷」(労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」といいます。)1条)ないし、「労働者の業務上の負傷」(労災保険法7条1項1号)を、業務災害としています。なお、労働基準法における「業務上」(労働基準法(以下「労基法」といいます。)19条1項、75条以下)についても、同じように考えられています。
(2) 「業務上」の意味
上述した、「業務上の事由」や「業務上の負傷」とは、業務と負傷との間に一定の関係性が存在することを意味します。具体的には、業務遂行性と業務起因性が認められることが必要となります。では、業務遂行性と業務起因性はいかなる場合に認められるのでしょうか。
ア 業務遂行性
業務遂行性とは、業務を遂行する過程にある状態で災害が発生したということです。つまり、労働者が、業務に従事している場合には、もちろん業務遂行性が認められます。さらに、労働者が実際に業務に従事していなくても、休憩時間等のように、事業主の支配下にある場合には、基本的に業務遂行性が認められます。
 ただし、業務遂行性が認められ得る状況であったとしても、労働者の私的行為が負傷等の原因である場合には、基本的に業務起因性が認められません。
イ 業務起因性
業務遂行性とは、発生した災害が業務に起因するということです。この点につき、裁判例には、「労働者が業務に起因して負傷又は疾病を生じた場合とは、業務と負傷又は疾病との間に相当因果関係があることが必要であり、上記相当因果関係があるというためには、当該災害の発生が業務に内在する危険が現実化したことによるものとみることができることを要する」(大阪高裁平成24年12月25日判決)と考えているものもあります。
 そのため、業務起因性が認められるかどうかについては、判断が難しい場面がありますので、弁護士に相談することをお勧めします。
ウ 通勤災害
 労災保険法は、通勤途中の災害によって生じた傷病等についても給付の対象としています。通勤災害であると認定された場合、基本的には業務災害と同様の給付を受けることができますが、移動行為自体が業務性を有する場合には、通勤災害ではなく業務災害と認定され、給付を受けることとなります。
2 労災補償
(1) 補償の内容
上述したように、労災補償は、業務と負傷との間に一定の関係性が認められる業務上の災害に該当する場合に受けることができます。そこで、業務遂行性と業務起因性が認められた場合の労災補償について述べていきます。
 労災補償の内容には、①療養補償、②休業補償、③障害補償、④傷病補償年金、⑤介護補償、⑥遺族補償、⑦葬祭料、⑧労災特別支給金があります。各補償の内容は、以下で詳述していきます。なお、労基法と労災補償法の関係ですが、傷病等が業務上のものである場合には、使用者は労基法上の災害補償義務を負うことになりますが、労働者に対する補償を確実にするために、労災保険法による労災保険制度が存在しています。ただ、労災保険では、労働者が受けた損害の全てが補償されるものではない点に注意が必要です。
(2) 療養補償給付
療養補償とは、「労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかった場合においては、使用者は、その費用で必要な療養を行い、又は必要な療養の費用を負担しなければならない」(労基法75条1項)と定められているものです。療養補償の給付として、負傷等に対する治療費等が支給されます。
(3) 休業補償給付
休業補償とは、「労働者が前条の規定による療養のため、労働することができないために賃金を受けない場合においては、使用者は、労働者の療養中平均賃金の百分の六十の休業補償を行わなければならない」(労基法76条1項)と定められているものです。
(4) 障害補償給付
障害補償とは、「労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり、治った場合において、その身体に障害が存するときは、使用者は、その障害の程度に応じて、平均賃金に別表第二に定めるに数を乗じて得た金額の障害補償を行わなければならない」(労基法77条)と定められているものです。
(5) 傷病補償年金
傷病補償年金とは、「傷病補償年金は、第十二条の八第三項第二号の厚生労働省令で定める傷病等級に応じ、別表第一に規定する額とする」(労災保険法18条)と定められているものです。
(6) 介護補償給付
 介護補償とは、「介護補償給付は、月を単位として支給するものとし、その月額は、常時又は随時介護を行ける場合に通常要する費用を考慮して厚生労働大臣が定める額とする」(労災保険法19条の2)と定められているものです。
(7) 遺族補償給付
遺族補償とは、「労働者が業務上死亡した場合においては、使用者は、遺族に対して、平均賃金の千日分の遺族補償を行わなければならない」(労基法79条)と定められているものです。
(8) 葬祭料
葬祭料は、「労働者が業務上死亡した場合においては、使用者は、葬祭を行う者に対して、平均賃金の六十日分の葬祭料を支払わなければならない」(労基法80条)と定められているものです。
(9) 労災特別支給金
労災特別支給金とは、「政府は、この保険の適用事業に係る労働者及びその遺族について、社会復帰促進等事業として、次の事業を行うことができる」(労災保険法29条)と定められているものです。

第2.労災保険と損害賠償について

1 労災保険と損害賠償の関係
上述した各補償の内容のとおり、労災保険では、労働者が受けた損害の全てが補償されるものではありません。そのため、業務上の災害に、使用者側の過失が認められる場合には、労災保険で補償されなかった損害を、使用者に対して請求することになります。
 一方、使用者は、労基法等に基づいて災害補償義務を負うものの、労災保険法に基づいて補償給付が行われた場合には、その責任を免れます。これは、「この法律に規定する災害補償の事由について、労働者災害補償保険法又は厚生労働省令で指定する法令に基づいてこの法律の災害補償に相当する給付が行われるべきものである場合においては、使用者は、補償の責を免れる」(労基法84条1項)と定められているものです。
2 労災請求の手続き
労災保険の申請手続きは、被災労働者本人ないし遺族が行う場合と、事業主が代行する場合があります。労災保険給付は、基本的に被災労働者本人ないし遺族の請求によって支給されることになっており、事業主が請求するものではありません。具体的には、まず、請求する者が事業主を管轄する労働基準監督署に対して、必要書類を提出します。その後、労働基準監督署が請求書を受理して調査を行い、支給決定が出されることとなります。
3 責任論
(1) 総論
ここでは、労災保険と損害賠償責任について述べていきます。これまでに述べたとおり、労災保険は、業務遂行性と業務起因性が認められた場合に給付されるもので、使用者側に故意・過失があることは要件ではありません。そのため、使用者側にとって、無過失責任であるといえます。
 一方、労災保険で補償されなかった損害についての、使用者に対する損害賠償責任については、使用者に過失があることが要件となります。そして、損害賠償責任の根拠として、主に2つの論拠が存在します。
 一つ目は、安全配慮義務違反を理由とした債務不履行責任(民法415条1項)です。そして、二つ目は、不法行為に基づく損害賠償責任(民法709条以下)です。以下では、安全配慮義務違反を理由とした債務不履行責任と不法行為に基づく損害賠償責任について述べていきます。
(2) 安全配慮義務違反とは
使用者は、労働契約に付随するものとして、使用する労働者の生命・健康を危険から保護するように配慮する義務を信義則上負っています。これを、「安全配慮義務」といい、判例法理によって確立されています。なお、労働契約法5条において、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」との明文規定が置かれています。
 過去の最高裁判決(昭和59年4月10日判決)は、「使用者は、右の報酬支払義務にとどまらず、労働者が労務提供のため設置する 場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程 において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下 「安全配慮義務」という。)を負っているものと解するのが相当である。もとより、 使用者の右の安全配慮義務の具体的内容は、労働者の職種、労務内容、労務提供場 所等安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によって異なるべきものである」と述べており、安全配慮義務は、抽象的なものではなく、具体的な内容として、被害者が主張立証する必要があります。
(3) 不法行為とは
不法行為責任は、労働契約が存在することが前提となっているわけではなく、加害行為によって損害を被った場合に、損害賠償を請求するものです。
 不法行為責任には、一般不法行為責任(民法709条)、使用者責任(民法715条)、工作物責任(民法717条)などがあります。

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