認知症の方がいる場合の遺産分割協議について
大相続時代と呼ばれる近年、問題となるのが、遺産分割協議書の作成時の相続人の意思能力の有無です。夫が高齢で死亡したような場合、相続人である妻が介護施設に入居しているような場合があります。加えて、遺産分割協議書作成の数年前には、認知症を患う等、遺産分割に関する能力について疑義が生じる場合も少なくはありません。この記事では、こうした認知症の方がいる場合の遺産分割協議についてご説明いたします。
認知症が遺産分割協議の効力について問題となる場合とは?
遺産分割協議が有効であるためには、一般的には「相続人の全員が行為能力に制限がなく、かつ、有効に意思能力を有すること」(行為能力:民法9、13、15、17条)が要件となります。 「相続人の全員」とは、多少不正確ですが、戸籍に記載されている全員であって、行方不明者や認知症などで意思表示ができない者も含めた全員という意味です。 また、「行為能力に制限」とは、成年後見制度に則った所定の審判(成年後見、保佐開始、補助開始の審判)を受けている場合を言います。ただし被補助人の場合には、法的な理解としてはほぼ行為能力者と変わらないことから、遺産の分割に関して制限を受けている場合(民法15条3項、13条1項6号)に該当しないこともあります。 他方で、上記のような成年後見ではない場合であっても、法的には意思無能力者の意思表示は無効と理解されています(改正民法3条の2)。 すなわち、認知症が進んでいて意思表示ができない状態であっても、その者が死亡していない限りは、その者を含めて遺産分割協議を行わない場合には、「相続人全員」によって行ったことにならず、有効な遺産分割とはなりません(民法907条1項参照)。
相続人が高齢である場合には認知症である可能性がある
実務で問題となるのは、被相続人が高齢で死亡した場合、その相続人も高齢であることが多いです。こうした場合には、認知症等などの影響により、必ずしも意思能力が完全ではないことがあります。 例えば、死亡した被相続人の妻が、認知症により家族の名前すら言えない状態の場合や、被相続人に子がなく、相続人となる兄弟姉妹も高齢であり、意思能力に疑義が生じているような場合です。認知症は、高齢になればなるほどその発症の可能性は上昇します。相続が発生するような場合では、相続人が認知症である場合が少なくはなく、意思能力がどの程度残されているかについて問題が生じます。
認知症の相続人が行う遺産分割での意思表示は常に無効か?
まず、はじめに結論を申しますと、認知症であっても、全員が意思無能力者と法的に評価されるといったことはありません(※ここでは、成年後見制度を受けていない場合を前提としてご説明します。)。 一般的な感覚で考えて頂ければわかりやすいと思いますが、ご自身の祖父母、あるいは知人の高齢者にあって、多少の物忘れ等がある場合であっても、頭のしっかりとした方や、一人で生活されているような方はたくさんおられるように、認知症がすなわち、常時意思能力がないといった安易な結論とはなりません。 したがって、認知症である相続人(妻、夫等)であったとしても、常にその者が行う遺産分割協議が無効ということにはなりません。前述した成年後見制度は、意思能力を欠く者、高齢の影響で喪失または減退した者を法的に保護する目的の制度です。したがいまして、認知症であることが制限行為能力者であるとはなりません。 他方で、高齢による認知症の影響で、過去の記憶については覚えているものの、直前の短期記憶を喪失(即時記憶、近時記憶などの喪失)している場合や、失語等(ものの固有名称が言えない)、失行等(ADLの低下:activities of daily living 日常生活動作)があり、排せつ、入浴や着替え等の日常動作ができない場合など、認知能力の残存は人によりさまざまです。 一概に無効となるとは限らないため、注意して対応しないと後に紛争に発展しまう可能性があります。状態を正確に把握した上で、慎重な対応が求められます。
認知症の相続人がいる場合の遺産分割協議の方法とは?
実務的には、大きく2つのレベルに分けて、遺産分割協議を行っています。 まず一つのレベルとしては、実務家(弁護士、司法書士、行政書士等)が遺産分割協議書の作成にかかわっている場合、他の相続人(親族)等からヒアリングを行い、意思能力について問題がありそうかどうかなどの事情を確認します。 このヒアリングの内容および、本人確認の際の状況等を総合的に判断して意思能力に問題がないと評価できる場合には、その認知症を発症している相続人であっても、遺産分割協議書の内容を説明の上、意思確認の目的から記名押印(実印)をもらいます。 ただし、依頼者の予算の都合等により、実際には遺産分割協議書を相続人の人数分用意し、それぞれに郵送して判子を集めるため、後から遺産分割協議の内容について疑義が生じ、訴訟へと発展する場合があります。 もう一つのレベルとは、認知症の相続人に意思能力があるように見える場合であっても(主観的にみて、頭がはっきりしているように見えるなど)、予防法学的知見により、意思能力の有無について客観的な鑑定を受けるといった方法があります。この点については次項でご説明します。
認知症の場合の意思能力(遺産分割能力)の鑑定とは?
従来の意思能力の論点は、その者の契約能力に焦点をあて、事理弁識能力に問題のある当事者が被る法的なリスクから、本人を保護するといった目的から、成年後見制度等が設計されてきました。 しかしながら、成年後見制度(任意後見制度も含め)は、いったん成年後見の審判が下ると、容易に財産処分ができなくなります。また、入院するにも治療の同意書が求められるなど、残念ながら必ずしも実社会での運用を想定された制度ではありません。 このような事情から、意思能力に問題がある場合であっても、成年後見制度を利用するケースは稀です。しかしながら、個別具体的な意思表示の場面において「意思無能力」である場合には、その効力が否定されることから、さまざまな問題が生じています。 そこで、従前もありましたが、近年特に注目を集めているのは、個別具体的な場面における認知能力に関する医療鑑定サービスです。 例えば、相続人の一人が認知症であり、他の相続人等があとから疑義を投げかけそうな場合など、後々のトラブルを防ごうとするような目的から、意思能力につき医師による客観的な鑑定を受けた上で遺産分割協議を行うといった方法があります。 この医療鑑定サービスは、精神科専門医又は、脳神経外科専門医などがその対象となる者の遺産分割協議における意思能力を鑑定します。この方法に従えば、遺産分割時の意思能力の有無につき、客観的な証拠資料を残せることから、後々の問題を相当程度防止することができる可能性があります。他方で、このようなサービスは一般には40~50万円程度することなどから、あらかじめ弁護士費用サポート保険等に加入することにより、利用しやすくなります。 詳しくは弁護士にご相談ください。
まとめ
認知症患者の意思能力の有無については、精神医学界でも非常に議論が交わされる話題となっています。現在の法曹界・医学界の双方での議論は、個別の事案における意思能力の有無についてであり、どういった具体的なサポートがあれば、意思能力が減退した者であっても有効に意思表示ができるか等について、議論されています。 認知症の相続人がいて遺産分割協議について、疑義または不安を感じる場合には、キャストグローバルの相続に強い弁護士にご相談ください。